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ヒメモス

episode3「宝物」

 
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「味噌? なんで味噌なんすか?」
 海外旅行をするという若者の髪をカットしながら、彼が「やっぱ日本食が恋しくなりますかね? 醤油とか持ってこうかな?」と言うので、「だったら一緒に味噌も持って行ったら?」と提案したら、こんなセリフが跳ね返ってきた。
 日本人は味噌だろう、と思ったから言ったのだが、「味噌?」と言い返してきた彼の表情には、せせら笑うような色があって、「味噌嫌いなんだったら持っていかなきゃいいだろう」と言いたくなったが、相手は客なので、ぐっと我慢した。「まあ、どこ行っても日本食はあるだろうし、何も持っていかなくていっか」結局彼は一人で結論を出したようだ。
 カットを終えて、鏡で自分の髪形を確認しながら、
「床屋だったら、こんなもんか」
 と満足とも不満足ともとれるふうに口をとがらせた。
「いや、俺、いつもは美容院に行くんすよ。でも旅行前だから節約しようと思って床屋に来たんす」
 料金を払いながら、
「そんなに安上がりにもならないな」
 などとぼやいている。気に障る客には慣れているからなんともないさ。
 客を送り出すため店先に出ると、近所の奥さんが歩いているのが見えた。旦那さんが亡くなって未亡人のはずだ。前より痩せたな、と思ったけれど、敢えて明るく、
「こんちはー、奥さん、顔色いいね。いいことあった?」」
 と声をかけると、優しい笑顔が返ってきた。
 数時間前に来た客は、店に入ってきたときには機嫌が良さそうだったのに、途中から急に沈んだ雰囲気になった。世の中には、いろいろな感情を抱えている人たちであふれている。

「ただいまー。あら、ナオヤはまだ?」
 ふくよかな笑顔と共に、女房が帰ってきた。ナオヤは孫の名前だ。夕方には遊びに来る予定になっている。今日の夕飯は孫と一緒だ。
「まだ来てないよ」
「一人で来るのかしら。明彦と聡子さんは?」
 明彦は息子、聡子さんは嫁だ。
「来ないんじゃないかな。ナオヤ一人だよ」
「そう」
 女房はちょっと不満そうな顔をした。滅多に顔を見せない息子夫婦に対するものだろう。
「ナオヤだって、もう小学5年生だ。2駅電車に乗るくらい、一人でできるさ」
 不満の理由に気付いていながら、話をそらした。孫に会えるだけでも十分だ。
「そうね、じゃあ、夕飯の支度、するわね」
 女房は数日前、近所のヒメモスさんという店で味噌作りの一日教室があるからと言って参加してきた。その時もらってきた味噌を使った料理を作るそうだ。

 一人、店内で客待ちのひととき。ぼんやりといろいろなことを考えた。
 息子の明彦は子供の頃から床屋の仕事を嫌っていた。同級生の父親たちはもっとカッコいい仕事をしているのに、「うちは床屋だなんて、カッコ悪い」と言った。オヤジみたいにはなりたくないと思ったからか、外で遊ぶより勉強することに熱心で、ずっと成績もよく、今ではいわゆるエリートサラリーマンになった。嫁の聡子さんも、息子に似てプライドが高く、何でもソツなくこなす女性だ。明彦も聡子さんも、うちを避けているようだ。最近ではナオヤに付き添って来ることもない。
 なんともないさ。
 誰に告げるわけでもなく、呟いた。

「じいちゃん、こんちはー」
 ドアが開いて、顔を上げるとナオヤだった。健康的に日焼けをしている。
「ナオヤ、また大きくなったな。ずいぶん日焼けして」
「うん、毎日、サッカーの練習してるから」
 ナオヤは二カッと笑った。父親の明彦とは正反対にナオヤはスポーツ好きだ。
「お客さん、いないの?」
 ナオヤは店内を見回してから、思いついたような表情になった。
「そうだ、じいちゃん、ボクの髪の毛、切ってよ」
「え?」
「ママに切れって言われてたんだ。美容院に行くのメンドくさくて。ちょうどいいや。じいちゃん、切ってよ」
 ナオヤは両親をパパママと呼ぶ。親の意向だろう。だけど、俺たち夫婦のことは、じいちゃん、ばあちゃんと呼ぶ。
「美容院じゃなくて、いいのか?」
「うん、ボクは床屋の方が好きなんだ」
 ナオヤは自ら椅子に座って、カットされる準備をした。

 ハサミを持ってカットを始めると、ナオヤは学校での出来事を話し始めた。俺はひたすら、うんうん、とうなずいているだけだったが、ナオヤの話は止まらなかった。明彦とはこんなに話をしたことがない。
 ナオヤの話が止まった。俺のハサミを持つ手をじいっと見ている。
「どうした?」
「じいちゃん、カッコいいね」
 ナオヤは感心したように言った。
「え?」
「魔法のハサミだね。すごいな。ボクの髪の毛、いつの間にかスッキリしてるじゃん」
 ナオヤは嬉しそうな笑顔を見せた。
「終わったよ」
 カットを終えて、落ちた髪の毛をはらった。
「ありがとう、じいちゃん」
 ナオヤは満足気に鏡に映った自分を見ている。
「ボクさ」
 ナオヤは立ち上がって振り向いた。
「床屋になろうかな」
 探るような目で俺を見上げている。
「床屋に? 美容師じゃなくて?」
「男はやっぱ、床屋でしょ」
 ナオヤは言葉をつづけた。
「ボク、結構器用なんだ。図工の授業で誉められるし。それに、じいちゃんの孫だしさ。床屋の才能、あると思うんだ」
 どう思う? と問う孫に、どうだろうな、と曖昧な返事をした。
「ボク、じいちゃんみたいにカッコいい床屋になりたい!」
「ナオヤ、来たの? 夕飯出来てるわよー」
 奥から、女房の声が聞える。
 ばあちゃん、と言いながら、ナオヤが奥に行きかけて、また俺を見る。
「ボク、本気だよ」
 と決意を告げる表情をする。
 わかったよ、と俺は返した。ナオヤは笑ってから、奥に向かって行く。
 胸が熱くなる。
 ハサミ一本で女房子供を養ってきた。この仕事に誇りを持っている。息子にどう思われようと、嫌な客に遭遇しようと、誰に何を言われようと何も感じない、なんともないさ。
 でも――。
 ありがとう。心の中で呟いた。
 今の言葉は俺の宝物になるだろう。きっとずっと忘れない。例え、ナオヤが大人になって、いや、明日にはそんなことを言ったことすら忘れてしまったとしても。




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