短編

逆回転

 
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 もうおしまいだ。
 俺はアクセルを思い切り踏んだが、車輪は空回りするばかりだった。
 なんでこんなことになってしまったんだろう? 時間をさかのぼってみる。

 半年前、大学時代から恋人同士だったユキと同棲を始めた。
 三か月前、俺は上司と喧嘩をし、勤めていた会社を辞めて、ユキが立ち上げたばかりの事務所の仕事を手伝うことになった。ユキは「これからは二人分、稼がなくちゃね」と気丈な笑顔を見せた。
 一か月前、仕事の量を増やしたユキは毎日帰宅するのも夜中で、ゆっくり食事をとる時間もなくなった。人が変わったようにイライラするようになり、俺に当たることも多くなった。
 三時間前、ユキより早く帰宅して、冷蔵庫を開けると、ユキが毎日飲んでいる「スーパーウルトラミラクルサプリ」という妙な名前のサプリメント剤が入っていて、そんなに効き目があるのかと、俺は最後の1本を飲んでみた。
 二時間前、ユキが帰宅してサプリメントがなくなっていることに気づき、激怒した。あれがなければ明日のプレゼンは絶対にうまくいかないと言う。ユキがあまりにも切羽詰まった様子だったので、俺は“もしかしてあの店なら置いてあるかも”という店に向かうため、自動車に乗ってマンションを飛び出した。
 一時間前、目指す店には着いたが、既に閉店していた。このまま手ぶらで帰るわけにはいかない。俺は混乱して、この畦道につながる曲がり角に入り、アクセルを踏み続けたが、車輪がぬかるみにはまり、動けなくなってしまった。

 もうここまでか。
 アクセルを踏むのをやめて、俺は大きなため息をつきながら、ハンドルに顔を伏せた。
 トントン、と、窓がノックされた音がして、顔を上げた。地元の人らしいおじさんが、にこにこしながら立っていた。何か言っているので、ウィンドウを開けると、
「バックしてみな」
 と言う。
 俺はギアを入れなおして、アクセルを踏んだ。がたん、と車体が揺れて、車輪がぬかるみから抜け出した。
「前に進もうとしてダメなときには、一旦後ろに下がると、案外うまくいくもんなんだよ」
 笑顔のおじさんにお礼を言って、俺は元来た道へUターンした。目が覚めたような気持ちになり、ユキが待つマンションへと自動車を走らせる。
 やり直せるのだろうか。俺の身勝手な行動でユキを追いつめてしまい、彼女一人の負担を重くしてしまったこと。
 まだ、間に合うかもしれない。
 とりあえず、やり直しの最初のセリフは決めた。

「二人で一緒に食事をしよう」





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